ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

考える前に跳べ!

目指せウンコブログマスター!

陰毛探索記。

今回の記事は部屋にある面白いコレクションを次々とアップして、読者の爆笑を誘おうと考えていた。

 

 

笑いの嗅覚を研ぎ澄ませながら部屋を練り歩くと、ふと床に落ちた毛の数々が目に付く。

 

 

f:id:kks1081:20170320033645j:image

 

 

毛。

 

 

f:id:kks1081:20170320033706j:image

 

 

毛、である。

 

 

これは毛以外の何者でもなければ、毛以上の物でもなく毛以下の物でもない。

 

 

これでは部屋の面白いコレクションという情報を伝えたいのか、部屋を片付けられないという情報を伝えたいのか分かりゃしない。

 

 

うん?

 

 

f:id:kks1081:20170320033740j:image

 

 

いや待てよ。

 

 

f:id:kks1081:20170320033817j:image

 

 

俺の毛はこんなに細くないし長くない。

 

 

f:id:kks1081:20170320033740j:image

 

 

怖いので一度手に取ったその毛を、元あった場所へと戻す筆者。

 

 

いや捨てろ。

 

 

物は元あった場所に戻せと教えられてはきたが、このそうじゃない感は一体なんだろう。

 

 

f:id:kks1081:20170320033854j:image

 

 

毛の密集地帯。

 

 

もう脱毛症のゴリラが住む部屋と誤解されてもおかしくはない。

 

 

カブトムシが採れる貴重な森に対し、毛が採れるきったねぇ部屋との格差は凄まじい。

 

 

そこで、この毛の有効的な使い道はないかと考察してみた。

 

 

結果、薄毛に悩む方々に贈ってあげようという結論にたどり着く。

 

 

捨てる神あれば拾う神あり、言うなれば下の毛を上の毛へと移植する毛のジェンガゲームである。

 

 

俺の陰毛が誰かの頭髪に生まれ変わる、そのアドバンテージを上回るリスクと気分の悪さをご理解した上で、ご希望の方はコメント欄にて募集するとしよう。

 

1日の終わりと始まりについて。

仕事の都合上、夜中に帰宅をする毎日をおくっている。


草木も寝てると比喩されるこの丑三つ時に、まだ幾つかの部屋の窓からはカーテン越しに照明が漏れているのが目に取れる。


どこの誰かも分からない者に対し、筆者が不思議な仲間意識を抱く瞬間である。


夜中にこの様な考察に耽る人間が部屋の外に立っている、さぞ住人側からすれば恐ろしい事この上ないであろう。





怖すぎる。


部屋の住人の心象を画像に現す事で、その恐怖をより分かりやすくしてみたが怖すぎるの一言に尽きる。


まるでゾンビ系ホラーゲームの販促ポスターそのものである、そして恐らくこのゾンビはこの数分後には貴方の部屋のドアを蹴破りにやってくるであろう。


そして「オ前モ…俺ノ…仲間ナノカ?」この一言によって、噛み付かれる事によってパンデミックされるタイプのゾンビである事が予想される。


その後繰り広げられる壮絶な銃撃戦の末に、俺はゾンビとしての一生に幕を閉ざす事となる、恐らく最後の一言は「俺ニモ…家族ガ…居ルンダゾ…」といったような、急に理性を取り戻すパターンがしっくりとくるのだがというか何だこの話。


話を戻すが、そこにはきっと彼達なりのドラマが隠されているのだと筆者は考察する。


さて。俺の退社後の過ごし方とは、極めて平凡であり、非生産的であり、とても生を感じられる立派な時間ではないという意味では俺も宛らゾンビといったところであろうか。


午前7時を回る頃と同時に、革靴またはハイヒールの乾いた音を立てながら慌てる様に同アパートの住人達が出社していく。


片や俺はまだビールを片手にブログを執筆している、ゆったりとした時間を揺蕩っているその水面下では、まるで働き蟻のように人や街はもう動き始めている。


この時間の優越感が糧となり、今日も一日俺も頑張ろうと鼓舞させていただいている。

悪徳自販機。

会社のビルに隣接されている自動販売機が中々の曲者である。

 

 

お金を入れて希望するドリンクのボタンを押すところまでは普通の自販機と変わりはないが、稀にドリンクだけが出てこない事がある。

 

 

そのコストパフォーマンス面は評価に値するが、サービス面に於いてはお世辞にも褒められたものではない。

 

 

自動販売機も今や電子マネーでドリンクが購入出来てしまう世の中に、この自販機は文明の発達に飼い慣らされた我々人間達に対するアンチテーゼを訴えていると察する。

 

 

水が欲しいなら便器の水でも啜っとけと言わんばかりの姿勢である、水道水の安全性に於いては世界一を誇るとされる日本、その日本人がミネラルウォーターを買うという行為自体がそもそも間違いなのかもしれない。

 

 

望む物が簡単に手に入ってしまう現代社会において、一石を投じるかのようなこの自販機と対峙すれば、自ずと金で買えない物とやらを極めて身近に感じる事が出来るであろう。

 

 

さて。その自販機というのが俺の会社のビルに隣接されているが為に、管理下にある自販機ではないのにも関わらず、目の色を変えた被害者達がよく会社に飛び込んでくる。

 

 

俺も幾度と無くその自販機には裏切られてきている被害者の一人である、それに加えて他の被害者のクレーム対応まで仰せ使うとなるとはどういう事であろう。

 

 

そんなキングオブ被害者とでも言える筆者の気持ちを代弁するかの如く、遂に本日その悪徳自販機に報いが訪れた。

 

 

出社するや否や目に飛び込んできた光景は、盤面をバリバリに割られた見るも無惨な自販機の姿である。

 

 

当ブログタイトルでもある「考える前に跳べ!」、同じようでありながらそういう事ではない。

 

 

これは過去の前例と憶測でしかないがドリンク1本でこうなる世の中である、便利化し過ぎるのもどうかと思うよね。

 

初日記

最近、屁のコントロールが利かなくなってきた。



簡単に言うと「屁がしてー。」そう思った時にはもう屁が出ているということ。



言うならば、アポ無し。



これには嫌悪感を抱かざるを得まい、まるでデリカシーの欠片も見えない。



こちらの事情も考えず、ノックもせず勝手に部屋に入り込んで来る母親そのものである。



その決断力、行動力、何より見計らったかの様なタイミングは、藤岡弘、探検隊をも唸らす程である。



そもそも屁とは出すものであり、出るものではないと筆者は考える。



「ここは余りに人が多すぎる、一先ず被害の少ない場所へ移動しよう。」



まるで時限爆弾を一人で抱え込んだ洋画の主人公の様な気分である。



これでも常識は賄えているつもり、周りの人への配慮ある人間と考えている。



が。その刹那、僅か一歩である。



俺の屁に出遅れの三文字はない、俺の屁は絶好のスタートを切ってくる。



屁のスタートとは最早ゴールの同義語でもあるとも言えよう。



終わりの始まりは始まりの終わり、それは一瞬にして築き上げてきた為人を壊す理を表し、さながらハイネの哲学に通ずる物を感じる



いや。



もう出とる訳。



モリモリ出とる訳。



憂鬱である。



気付けば28歳。



衰えていく肛門括約筋の弛みとは裏腹に、仕事では弛みの許されない局面を迎える事が増えていく。



スリル、言うなればスリルである。



立派なプレゼンが屁より先に出てきてくれるかどうかの緊張感は確かにスリルと言える。



それが会議中、取引中、そんな事はどうでもいい。



それは決して出してはいけないのだ。



それが口に出してはいけない、というのなら簡単だ。



問題は下の口からという事にしかない。



俺も中間管理職という立場になった。



勝手に屁が出る俺が問題なのか、勝手に屁が出る俺をその場面に要求してくる事が問題なのかは疑問である。



さて。



いや。疑問と言えば、これが俺の初日記という事に繋がってくる。



普通ならば自己紹介をするのであろう、ブログを執筆するに当たった理由でも書くのであろう。



屁だ。



屁かよ。本当お前は。